エディ・サルチェードが語る「自覚」と「再生」——インテルでの後悔を経て、ギリシャで手にした確信

15歳でセリエAデビューの神童、24歳の現在地

15歳でセリエAデビューを果たし、「恐るべき少年」として大きな期待を背負ったエディ・サルチェード。2018年、インテルが17歳の彼に投じた移籍金は1000万ユーロに上った。

しかし、ネラッズーリのユニフォームを着て公式戦のピッチに立つ日は訪れなかった。毎年のように繰り返されるレンタル移籍の末、彼はイタリアを離れ、現在はギリシャの地でようやく自らのキャリアを再構築し始めている。

サルチェードは、『Gianlucadimarzio.com』のインタビューに対し、かつての自分に欠けていたもの、そして現在の充実について語った。

才能に溺れた若き日

2018年当時、10代の若者に1000万ユーロが支払われることは、現在よりもさらに異例の出来事だった。

「今のインテルが17歳の少年に1000万ユーロを費やしたとしたら、みんなはどう感じるかな? 2018年当時、その少年こそ僕だった。でも、当時の僕には正しい自覚が備わっていなかったんだ」

サルチェードは、かつての自分をそう振り返る。

「すべてを当然のことだと思っていた。自分の才能さえあればトップに辿り着けると信じて疑わなかった。すべてが与えられて当たり前のような生活を送っていた。でも、それらの過ちは無駄ではなかった。今の僕には、当時とは違う成熟がある」

恩師ユリッチとの出会いとキャリアの停滞

彼のキャリアを語る上で、イヴァン・ユリッチ監督の存在は欠かせない。ジェノアでの若すぎるデビュー、そしてインテルからのレンタルで加入したエラス・ヴェローナ時代、ユリッチはサルチェードの才能を信じ、継続的に起用した。

「ユリッチには感謝している。彼は年齢を見ず、実力があればピッチに送り出す監督だ。ヴェローナではイタリアでも数少ない、継続的に出場機会を得ている若手の一人だった」

しかし、その後のステップアップとして選んだスペツィアで暗転する。合流したチームには40人もの選手がひしめき、本職ではないサイドハーフやインサイドハーフでの起用が続いた末、最終的には構想外となった。

自信を失った彼は、そこからバリ、ジェノア、スペインのエルデンセ、レッコと、半年ごとにクラブを渡り歩くような苦難の時期を過ごすことになる。

ギリシャでの「再生」、メンタルの変革

沈滞したキャリアを打破するために選んだのが、ギリシャのOFIクレタだった。2024年9月に加入したギリシャのクラブでは、40年ぶりとなるカップ戦優勝の立役者の一人となり、クレタ島全体を熱狂に包む歴史的な瞬間に立ち会った。

「クレタの人々は、このチームのために生きている。優勝を祝うオープンバスでのパレードには10万人が集まり、泣き叫び、喜ぶ人々の姿を見た。これまでに見たことのない光景だった」

この地での成功を支えたのは、技術的な向上だけでなく、内面的な変化だったという。

「メンタルを切り替える必要があると悟った。メンタルコーチやマッチアナリストを雇い、食事やトレーニングもこれまで以上に徹底した。そうしてようやく、最高の自分を取り戻し、再びゴールを奪えるようになったんだ」

かつてインテルで失った「自覚」を、彼はイタリアから遠く離れた島で手に入れた。今季はリーグ戦21試合で9ゴールを挙げ、プロとしてキャリアハイのシーズンを過ごしている。2001年生まれのストライカーは、まだ24歳。ここから這い上がることはできるだろうか。

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