コストゼロの特殊な移籍から1年、古巣からの好条件を拒みセスクのプロジェクトへ傾いた理由
2026年夏のメルカートにおいて、2007年生まれの若き才能を巡る争奪戦は、予想外の決着を見た。古巣ミランがより好条件のオファーを提示し、ジェリー・カルディナーレ代表まで交渉に乗り出して買い戻しを画策したものの、マッティア・リベラーリが下した決断はミランへの復帰ではなく、セスク・ファブレガス率いるコモへの完全移籍だった。
1年前のミラン退団に始まり、カタンザーロでの躍進を経て、自らの強い意志で未来を選択した19歳のファンタジスタの歩みをたどる。
選手プロフィール
- 選手名:マッティア・リベラーリ(Mattia Liberali)
- 生年月日:2007年4月6日
- 出身地:ロンバルディア州リッソーネ
- 利き足:左足
- 身長:172cm
- 主なポジション:トレクァルティスタ、シャドー、偽9番
- 経歴:ミラン下部組織 ➔ カタンザーロ(2025/2026) ➔ コモ(2026-)
ミランとの別れと、地方での自立
リベラーリとミランの間に生じた最初の明確な分岐点は、1年以上前に遡る。
8歳になる前からミランの下部組織に加入し、全カテゴリーを経てプリマヴェーラで53試合12ゴール5アシストを記録。ミラン・フトゥーロやトップチームでもセリエA先発を飾るなど、着実にステップを上ってきた。2024年のU-17 EURO(欧州選手権)ではイタリア代表を優勝に導き、英ガーディアン紙の「世界の逸材60人」にも選出されたタレントである。
しかし2025年夏、若手への出場機会が限られていた当時の体制に疑問を抱いたリベラーリは、ミランからの契約延長オファーを受け入れなかった。技術的な才能が秀でていることは明白だったが、小柄な体格はプロでやっていく上で懸念材料となり得るとして当時のミラン内部でも疑問視されており、結果として両者は袂を分かつこととなった。
移籍先はセリエBのカタンザーロ。移籍金は発生しないものの、ミランが将来の売却額の50%を受け取る権利を保持するという、特殊な「コストゼロ+売却益分配」という形式での契約だった。
異例の選択だったが、本人は『ガゼッタ・デッロ・スポルト』のインタビューで当時の心境を「後悔は全くしていない。自分はまっすぐな人間で、選ぶときは100%確信があるときだけ選ぶ」と語り、未練が一切なかったことを明かしている。
現代サッカーの高いフィジカル要求に対し、リベラーリは「自分は教科書通りの現代的な体型ではない」と自覚しつつも、「だからこそ、自分に合った環境とスタイルを見つける必要がある」と強調。カタンザーロで家族や友人と離れて初めての一人暮らしを始め、家事や自炊に励む日々は、ピッチ外における精神的な自立を促した。
リベラーリは、コモ加入に際して残したコメントでも「ミステルとも話し、そのカルチョ哲学は自分にとって完璧なものだと感じた」としており、そのチームのスタイルが自分の成長にとって重要であることを若くして理解している様子がうかがえる。
カタンザーロでの覚醒を証明した3つの重要な一戦
カタンザーロでの2025/26シーズンは、決して順風満帆な滑り出しではなかった。本人が「6カ月近くほとんど出られない時期があった」と振り返る通り、序盤は思うように出場機会を得られなかった。
それでも「出場時間がゼロでも、フルでも、同じ“飢え”を持って働くことが大事」と忍耐の時期を過ごしたことが、のちのブレイクへと繋がる。
リベラーリの運命を変え、南イタリアのファンを熱狂させたターニングポイントとして、以下の3つの試合が挙げられる。
ズュートティロール戦(セリエB初先発)
セリエB第22節、アルベルト・アクイラーニ監督が採用した4-2-3-1のトップ下として初めて先発のチャンスを掴む。緊張するリベラーリに対し、同僚のフェデリコ・ディ・フランチェスコが「いつも通り、自分ができることをやればいい」と声をかけたことで肩の力が抜けたという。この試合で即座にアシストを記録し、指揮官の信頼を勝ち取る土台を築いた。
レッジャーナ戦(初ゴール)
第23節、前節に続き先発起用された。カタンザーロが直近4試合勝利なしと苦しむなかで迎えたホームゲーム。難しいピッチコンディションのなか、29分にペナルティエリア外からワンタッチでコントロールし、鮮烈な左足のシュートをゴール右隅へ沈めた。これが自身のセリエB初ゴールとなり、地元紙は「天才肌のリベラーリが左足の一撃で試合を変えた」と称賛。採点では「8点」の最高評価が与えられ、クラブ系メディアも「ボールに触れるたびスタジアムの温度を上げる、純度100%のタレント」と表現した。
リベラーリのカタンザーロ初得点
パレルモ戦(セリエA昇格プレーオフ準決勝ファーストレグ)
セリエA昇格をかけたハイプレッシャーな大舞台で、リベラーリは器の大きさを示した。チームが2点のアドバンテージを得て主導権を握るなか、41分に決定的な3点目を記録。3-0の快勝に大きく貢献し、メディアは「ミラン産のファンタジスタが大舞台でも力を発揮できる証拠を手に入れた」と、その勝負強さを称えた。
プレーオフで鮮やかに追加点
最終的にプレーオフ含めてリーグ戦29試合に出場し、1572分間プレー。4ゴール3アシストを記録した。その数字のほとんどはコンスタントに出場し始めた中盤戦以降に集中しており、スタジオ・ニコラ・チェラヴォロのサポーターから名前をコールされるたび、彼は「街全体が自分を受け入れてくれている」という確信を深めていった。
ミランの急襲とコモが提示した一貫したプロジェクト
カタンザーロでの顕著な成長を受け、2026年夏のメルカートでリベラーリの去就は再び注目を集めることとなった。カタンザーロとの契約には600万ユーロの契約解除条項が存在し、そのうち50%の300万ユーロは、前述の契約に基づきミランに支払われる条件となっていた。
7月1日午前、『MilanNews』などの報道によると、ミランは手元に残る300万ユーロの権利を活かし、他クラブを上回る破格の好条件を提示してリベラーリの買い戻しへと急襲をかけた。
ミランのルベン・アモリム監督は、自身が採用する2シャドーの一角としてリベラーリを高く評価しており、本人へ熱烈なラブコールを送った。
さらに、親会社レッドバードの代表であるジェリー・カルディナーレも直接交渉に参戦した。ゴンサロ・ラモスを獲得した際のように、トップ自らが席に着くことで過去のしこりを解消し、指揮官の要望を叶えようと全力を尽くしたのである。会談直後は好感触を得たものの、決定的な合意には至らなかった。
セスクの「ビジョン」へ
風向きが一転したのは、同日の午後だった。リベラーリ陣営は、かねてより強いアプローチを続けていたコモとの会談に臨んだ。コモを率いるセスク・ファブレガス監督もまた、リベラーリの才能を極めて高く評価し、具体的な役割を用意していた。
ジャンルカ・ディ・マルツィオ記者が明かしたところによると、提示された金額そのものはミランの方が高額であったという。しかし、リベラーリと彼の家族、そして代理人は、経済的なメリットや古巣というブランドを選択しなかった。若き才能がさらにステップアップを遂げるために、一貫したプロジェクトを提示するコモこそが最適な環境であると判断したためだ。
近年のミランは組織内における方向性の不透明さが漂い、その不確実性が嫌われたという見方もある。新体制が発足し、カルディナーレが最前線に立ったことで風向きが変わりつつあるものの、まだ約束された安定があるわけではない。
対照的に、コモは一貫している。セスク・ファブレガス監督が若手の起用に積極的で、プレースタイルも多くの人を引きつける魅力的なものだ。クラブ史上初のUEFAチャンピオンズリーグ(CL)挑戦という大きな舞台を前に野心は高まっている。結果、コモがリベラーリの心をつかんだ。
『Pianeta Milan』が掲載したインタビューで、かつてリベラーリの才能を見出したマルコ・サッラ氏は、今回の移籍について以下のように語っている。
「ミランがどのような評価を下したのかは分からない。ただ、過去数年間を見ても、小柄な選手が偉大な王者に育った例はいくらでもある。彼がカタンザーロで残した実績は非常にポジティブなものだった。ミランからあっさりと清算された経緯を考えれば、今回のコモへの移籍は彼にとって最も正しい選択だと思う」
600万ユーロで未来のスター候補を確保したコモに対し、ミランは手元に残る300万ユーロと引き換えに、自国トップクラスのファンタジスタを完全に失うこととなった。かつて「リッソーネの魔法使い」と呼ばれた少年は、南イタリアでの自立を経て、今度はセスクの待つコモの地で新たな一歩を踏み出すことになる。セスク・ファブレガス率いる新天地で、この若き才能がどのような魔法を披露するのか、今後の活躍に注目が集まる。

