キャンプ不参加で再燃する移籍騒動。過去にも繰り返されたクラブとの断絶劇
ナポリのロメル・ルカクが、またしても紙面を賑わせている。5日、イタリア複数メディアがナポリのトレーニングキャンプにベルギー代表FWが不在であることを伝えた。
ナポリはこの日、カステル・ディ・サングロでのトレーニングキャンプを開始した。同胞ケヴィン・デ・ブライネの姿はあったものの、ルカクは姿を見せなかった。
クラブ側は「クラブの許可を得てのものであり、数日遅れで合流する」と事態の沈静化を図っている。
ただし、ルカクはラスムス・ホイルンドのバックアップとしてシーズンを送ることに不満があるとされている。実際、代理人のフェデリコ・パストレッロは先日、「ルカクがナポリでホイルンドの控えになることなど不可能だ」とはっきりと語っていた。
ナポリとの契約が残り1年という状況もあり、今夏の移籍が濃厚ではないかという声が高まっている。
ルカクに対しては、MLSのアトランタ・ユナイテッドや、サウジアラビア、トルコなどへの移籍が噂されているところだ。
ルカクの“前科”
所属クラブとの関係悪化は、今回のナポリが初めてではない。『TMW』は、彼がこれまで辿ってきた離脱の歴史を振り返っている。
2019年:マンチェスター・ユナイテッドからの離脱
セリエAにまつわる最初の離脱劇は、2019年の夏に遡る。ルカクはマンチェスター・ユナイテッドを離れ、アントニオ・コンテが監督に就任したインテルへ移籍するためにあらゆる手段を講じた。
オーレ・グンナー・スールシャール監督の構想から外れてベンチを温める日々が続いたルカクは、インテルのユニフォームを着たいという意向を公然と表明。夏のツアーから除外された末、母国ベルギーで単独調整を行い、オールド・トラッフォードをあとにした。
2021年:チェルシーでの不満とミラノへの帰還
2021年夏、1億1500万ユーロの移籍金でインテルからチェルシーに復帰したものの、わずか数カ月後にはクラブに無断でインタビューに応じた。
ロンドンでの生活に不満を漏らし、トーマス・トゥヘル監督の采配を批判した上で、早期のミラノ復帰を希望していると明かしてチェルシー側を激怒させた。
トゥヘル監督はルカクをリヴァプール戦のメンバーから外し、公の場での謝罪を命じた。失意のシーズンと現地サポーターからの批判を経て、翌シーズンには期限付き移籍という形でインテルへの復帰を果たした。
2023年:インテルとの拒絶とローマ移籍
ホイルンドの登場から3年前、インテルにおけるルカクのライバルはエディン・ジェコだった。再び主役として輝くことを望んでミラノに戻ったものの、シモーネ・インザーギ監督はUEFAチャンピオンズリーグ(CL)決勝のマンチェスター・シティ戦をはじめとする重要な局面でジェコを起用した。
そのCL決勝で途中出場したルカクは、決定的なシーンでゴールを決められず、クラブを取り巻く環境との関係を悪化させた。
翌夏、ジェコを放出してルカクの完全移籍獲得を目指したインテルに対し、ルカクは突如として音信不通となり、ピエロ・アウジリオSDからの電話にも一切応じなかった。
その裏で、ミランやユヴェントスといった国内のライバルに売り込みを行っていたことがインテル首脳陣を激怒させ、最終的にローマへの移籍が決定した。
2026年:ナポリとの亀裂と冷え切った師弟関係
ナポリにおける直近の前例は、2026年3月に起きた。代表中断期間で一時帰国したルカクは、コンディション不良でベルギー代表に帯同しないことが発表された。
しかし、ルカクはイタリアに戻らず。父親を亡くした直後という繊細な時期に家族のそばへ留まり、2025/26シーズンの大半を棒に振った長期離脱からのリハビリをブリュッセルで続けていたとされる。
その後、ナポリに戻ってきたものの、両者の冷え切った関係は修復されなかった。ルカクをイタリアへ初めて招き入れた恩師であるアントニオ・コンテ監督との間でも、挨拶すら交わされない状態が続いたと言われている。
マッシミリアーノ・アッレグリ新監督のもとで新たなスタートを切る可能性も残されているが、過去の経緯を振り返れば「合流が遅れている」というクラブの説明をそのまま受けとる人は少ないようだ。
【特別企画】説明は少なく、より強い存在感を。老舗「Fumagalli」が示す大人の美学 [PR]
●厄介者か、それとも救世主か――ルカクがセネガル戦で見せた「本来の顔」(2026/7/4)
●ルカク騒動に触れるナポリSD「チームへの敬意が最優先。相応の報いを受ける」(2026/4/7)

