“優勝の過小評価活動”への違和感
2025/26シーズンのセリエAは第33節を終え、スクデットレースの行方は実質的に決した。インテルの優勝はもはや時間の問題となっているが、この圧倒的な独走劇を巡り、イタリア国内では二つの鋭く対立する視点が提示されている。
低下するリーグの質への警鐘
ミケーレ・クリスティエッロ記者は21日、『スポルティターリア』のコラムで、「今季のセリエA優勝に必要な要素はごくわずかだった」と断じた。同記者はインテルの独走を、リーグ全体のクオリティ低下の証左であると分析する。
「経験の浅い監督、強力な攻撃陣、そこそこの守備。自称ビッグクラブ相手に機能不全を起こしながらも勝ちきり、欧州では完敗を喫した。数年前のセリエAなら、UEFAチャンピオンズリーグ(CL)出場圏がやっとのレベルだ」
クリスティエッロ記者は、ミランやナポリ、ローマといった強豪の不甲斐なさがこの「呆気ない幕切れ」を招いたとし、インテルの強さではなく、周囲のレベルの低さが生んだスクデットであると切り捨てた。
精神力を示したインテルの強さ
一方で、こうした批判に即座に反応していたのが、インテル専門メディアの『FcInterNews』だ。19日の段階でラッファエレ・カルーゾ記者は、ライバル勢や一部メディア・ファンによるこうした論調を「優勝の過小評価活動」と呼び、真っ向から対峙している。
「多くの者がネラッズーリの優勝を凡庸だとか、史上最低のスクデットだとデタラメを語り出した。だが、昨年5月に経験した苦境や、今季の不当な判定、アレッサンドロ・バストーニへの仕打ちを乗り越えた事実を考えれば、これは史上最も美しい戴冠の一つである」
試される「プロとしての尊厳」
カルーゾ記者の筆致は、シーズン前や序盤にインテルの不調を予言していたメディアや評論家に対しても容赦がない。
「あとは敗者たちの順位を決めるフェーズだが、ほかにも敗者がいる。開幕前に『キヴは3節で解任される』『インテルはトップ4圏外』と断言した連中こそが、品格を欠いた『敗者』だ」
「幸いなことにSNSは忘れない。春のチューリップのように、当時の“名言”やテレビでの発言が掘り起こされている」
「キヴを時間も与えずに凡庸な監督扱いしたこと、インテルに対して、そして自らの過ちを認めて謝罪し、優勝を祝福する勇気のある者はいるだろうか? 昨季、セリエA2位かつCLファイナリストだったインテルを“失敗”扱いしたように、他チームの歩みを“失敗”と分類する勇気はあるのか?」
「それとも、常に『結果こそがすべて』だったこのイタリアという国で、突然みんながプロセスの信奉者にでもなるのだろうか? 人間としての、そしてプロとしての尊厳を守るべきだ」
答えのない議論
ここでは2人の記者の意見を採り上げただけだが、この平行線の論争は連日繰り広げられている。
インテルの独走優勝は、「リーグのレベルの低下」が招いたことなのか。それとも、困難に打ち勝ったことで手にしたインテルの新しい力なのか。
その答えを証明するためにも、来季のインテルが欧州の舞台で再び「平手打ち」を食らうのか、それとも「王者の誇り」を証明するのかに注目が集まるだろう。
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