遅刻グセは「浅はか」とバッサリ 真のサッカー選手はモドリッチとラビオのみ?
ミランOBのアレッサンドロ・コスタクルタが11日、『ガゼッタ・デッロ・スポルト』のインタビューに応じ、古巣の現状を嘆いた。
その中で、カピターノであるGKマイク・メニャンにも苦言を呈している。
ミランの終盤の失速について
「1試合や2試合の失敗なら偶然で済ませることもできるが、10試合ともなればそれはない。特に目標が手の届くところにある中での、ホームで痛い敗戦があった。これはチームと監督の間に、何か間違ったもの、壊れたものが生じたということにほかならない」
「全員に責任があるが、私に言わせれば、ピッチに立つ者が常に一番の責任者だ。外部から見ていて私が抱いた印象は、良い若手は集まっているものの、目標に向かって競い合うために必要なパーソナリティが欠けている集団になってしまったということだ」
なぜマッシミリアーノ・アッレグリ前監督は軌道修正できなかったのか
「あらゆる指導者の中で最も優秀なカルロ・アンチェロッティと同じマインドを持っている」
「監督の影響力はあるにはあるが、一定のところまでだ。そこから先は選手たちの領分になる。あるいは、もっと正確に言うなら、彼らをただの『技術が優れた者』と『真のサッカー選手』に区別すべきだろう」
「カルチョをプレーするだけなら優れた技術があれば十分であり、その意味でミランに質の高い人材がいたことは間違いない」
「しかし、本当に必要なのはピッチの内外を問わず、あらゆる面で『サッカー選手』である存在だ。ラビオやモドリッチのようなね。人間の器というものは、ちょっとしたエピソードに表れるものだ」
キックオフに遅れるミラン
「前シーズンの例を挙げよう。主将であるメニャンは、何度仲間を遅れてピッチに連れてきたことか」
「もしそれが意図的に行われたのであれば浅はかな行為だ。無意識のうちにやっていたのであればなおさらタチが悪い。ただ周りの人間や主審を苛立たせるだけだ」
「ミランのカピターノたる者は、スタイルと規律の模範でもあるべきだ。違いを生み出すディテールとは、集中力、マーク、そして犠牲心といった他の部分にある。それ以外の行為は、単なる品性の欠如にすぎない」
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