首元から、秋を纏う。大人のティフォージのための「首元の戦術」[PR]

マルディーニ「グアルディオラと交渉していた」「目指すべき道はそこにあった」

あっという間に終わったイタリア代表での挑戦の顛末を語る

イタリアサッカー連盟(FIGC)のテクニカルディレクターに就任するも、わずか16日で辞任したパオロ・マルディーニが、『コッリエレ・デッラ・セーラ』のインタビューに応じ、この短期間で起きたことなどを語った。

自身の評価

「私を評価するのは他者であり、すべての人に好かれることは不可能だ。私は物事を筋道立てて行いたいし、明確に発言したいと思っている。私と共に働いた人々、チームメート、ミランで幹部を務めた5年間の同僚たちは、私の人間性をよく理解してくれている」

妥協を許さない性格

「自身の役割を主張し、任された職務を全うする人間が妥協を知らないと定義するなら、私は確かに妥協を許さない側の人間だ。自ら責任を負い、勝利を目指し、敗北を受け入れようとする人間がそう呼ばれるのであれば、その通りだろう」

「だが私には、25年間のキャリアで得た幸運がある。私はポジションに執着していない。自身の決断において極めて自由だ。ありがたいことに経済的な不自由もない。私が役割を受け入れる理由は、それを遂行し、貢献できる可能性があるからだ。これが傲慢や頑固と捉えられるのは残念だが、責任者に指名された以上、それを果たす義務があると感じている」

テクニカルディレクター就任の経緯

「イースターの時期にマラゴーから電話があり、『私がFIGCの会長になる可能性があり、君をそばに置きたい』と言われた。私は快諾した。私にとって、カルチョの世界には2つのチームしかない。ミランとイタリア代表だ」

「その後、彼からの連絡は途絶えた。選挙の前日になってマラゴーから再び電話があり、『明日投票がある、可能性は高い、メンバーに加わってほしい』と言われたので、『話し合おう』と答えた。彼は私にクラブ・イタリアの会長就任を要請してきた。単に代表チームを復活させるだけでなく、イタリアサッカー界全体を再建する必要があったのだ」

レオナルドの参画

「彼とは友情、価値観、原則を共有している。優れた組織能力を持ち、私との呼吸も完璧だ。こうして我々は始動し、新たな役割として『テクニカルディレクター』のポストを考案した」

辞任を決意した経緯について

「合意事項が見直された。その結果、なすべき唯一の行動は辞任すること……、つまり8月1日からスタートする予定だった4年契約へのサインを放棄することだった」

代表監督の選定権限について

「最初に『代表監督を選ぶのは誰か』と尋ねた。マラゴーは『監督は君たちが決め、私がそれを承認する』と答えた。それが最初の合意だった。しかし、その後の出来事によって状況が変わってしまった」

アンドレア・ピルロ招へいの意図について

「我々のアイデアは技術と攻撃的なプレー、そして変革に結びついていた。イタリアは多くの点で後れをとっている。若手の育成を戦術の偏重ではなく、技術、1対1、攻撃的なメンタリティに基づいて行いたいと考えていた。そして、代表チームでの実績を持つ若い監督を求めていた」

その他の監督候補

「ピルロ以外にも、ダニエレ・デ・ロッシとファビオ・グロッソというワールドカップ優勝者2人の名前があった。しかし会長から、全クラブとの合意に基づき、セリエAのクラブの監督には手を出せないと言われた。だからデ・ロッシとグロッソは除外された」

「だが、そこは私にも理解はできる。7月末にはすでにチームがキャンプに入っており、途中で変更するのは難しい。マラゴーから『それは不可能だ』と言われ、我々はピルロの案を進めた。チアゴ・モッタ? いや、候補は彼らだけだった」

カルロ・アンチェロッティへの打診

「イタリア史上最高の監督であり、私の実の兄弟のような友人でもあるカルロ・アンチェロッティにも電話を入れた。彼からはブラジル代表から完全な信頼を再確認されたと告げられ、幸運を祈ると言われた。彼に連絡するのは当然すべきことだった」

ジョゼップ・グアルディオラとの交渉

「技術的で攻撃的なサッカーを最も体現している監督だ。友人を介して、代表チームを指揮したいという考えを示していた。我々はバルセロナへ彼を訪ね、昼食を共にし、丸一日話し合った。彼は非常に心を動かされていた。承諾を得られるところまでかなり近づいていた。紙にフォーメーションを書き始めさえした。金銭面は決して問題にならなかった。ペップははっきりと『前監督の給与より1ユーロ少なくても構わない』と言ってくれた」

グアルディオラが断った理由

「疲労が理由だ。グアルディオラはプレミアリーグでの過酷な10年間を過ごしてきた。背中の手術も受け、休息を望んでいた」

「しかし議論は非常に真剣なもので、U-17以上の全カテゴリーのスカッドを検討した。こうして我々はピルロに決定した。マラゴーもすべてを把握しており、全て報告していた」

ピルロとブックメーカー(Fonbet)の関係

「この件が影響を与えたのは間違いない。我々は知らなかった。世論が騒ぎ立てた。しかし法的には、アンドレアが代表監督になるのを阻むものは何もなかった。確実に過剰に利用された」

「ピルロはロシアのブックメーカーとの契約を解除する意思があった。彼はきわめて誠実な人物であり、このような騒ぎに巻き込まれる筋合いはなかった。倫理規定や尊厳法案などが引き合いに出されたが、彼を監督として契約させる真の意思があれば、法律上の障害は存在しなかった」

利益相反の指摘について

「誰も言わないが、その規定は2019年に撤廃されている。法的には、我々の息子たちが代理人を務め、私が代表のテクニカルディレクターを務め、ピルロが監督を務めることを阻むものは何一つなかった。もし私の役割が息子の職業と真に相容れないと証明されたなら、私は即座に辞任していただろう。非常に意図的で、連盟幹部から説明されることのない口実に過ぎなかったが、影響を及ぼしたことは確かだ」

会長の翻意と辞任の決断について

「彼は私とレオナルドに電話をかけてきて、『私の考えでは、ピルロを任命することはできない。今日から監督は私が決める。今日からルールが変わる。私が監督を決め、君たちがそれを承認するのだ』と言った」

「しかし、私に職務と責任があり、それを遂行するつもりである以上、そのような申し出は受け入れがたい。我々は24時間の猶予を置き、まだ始まってもいなかった契約に対して辞表を提出した。これが頑固で傲慢だと言うなら、それでもいい。私は別のやり方に慣れている。途方にもないが刺激的な仕事を行うための信頼関係が、もはや失われていた」

「信頼に基づく関係が存在していた。選択をした以上、それを守るべきだ。自分が創ろうとしていたものを説明すれば、その選択ももう少し理解されたはずだ」

今回の件での残した無念について

「心に残る大きな無念がある。日を追うごとにほとんど夢へと変わっていった重い責任を引き受けていた。次世代のために何かを行い、競争力のあるイタリアを築くという夢だ。途絶えてしまったが美しい夢であり、ともに働く意欲を持ってくれた多くの人々にも感謝している」

「グアルディオラは、クライフがスペインサッカーに与えた影響について長く語ってくれた。2年間、クライフはあらゆる人々から批判された。しかし今日、スペインが才能を生み出しているのはクライフの指針のおかげだ。我々を彼と比較するつもりはない。だが目指すべき道はそこにあった。難しく長い道のりだが、イタリアサッカーのアイデンティティを変えたはずだ。残念だ。本当に残念でならない」

●わずか16日で終えた新時代。マルディーニとレオナルドが辞任。イタリア代表の再出発で何が起きたのか

この記事が気に入ったら
フォローしてね!