インテルにPKは与えられるべきだったのか ミラノダービーを揺るがした95分のハンド疑惑

審判の解釈とVAR介入の境界線を問う

8日に行われたセリエA第28節、ミラン対インテルのミラノダービーは、ペルビス・エストゥピニャンのゴールにより1-0でミランが勝利を収めた。首位を走るインテルにとっては痛い黒星となったが、試合後の議論で白熱しているのは、後半アディショナルタイムに起きたあるワンプレーだった。

1点を追うインテルが猛攻を仕掛けていた95分、デンゼル・ドゥンフリースのヘディングの落としが、ペナルティエリア内にいたミランのMFサムエレ・リッチの腕に直撃した。インテルの選手たちは即座にダニエレ・ドヴェーリ主審を取り囲み、PKを強く主張。しかし、VARとのサイレントチェックのみでプレー続行を指示した。この判定が、試合後に大きな波紋を呼ぶこととなった。

インテル陣営の反応とキヴ監督の矜持

不可解とも思える判定に対し、インテル陣営はフラストレーションを抱えながらも、表向きは冷静な対応に終始した。

左サイドバックのフェデリコ・ディマルコは試合後、「自分は逆サイドにいたから直接は見ていない」と前置きしつつも、「映像で見れば腕は開いているように見えるが、あとは審判の解釈次第だ。ただ、オンフィールドレビューは実施できたのではないか」と、VARが積極的に介入しなかった点に疑問を呈した。

一方、クリスティアン・キヴ監督はさらにストイックな姿勢を貫いた。「VARとアシスタントVARがチェックしたと言われた以上、私から言うことは何もない。私が考えているのは、自分たちのパフォーマンスと改善できたはずのこと、そして私自身のミスについてだ」と語り、判定への不満を飲み込み、あくまで自チームの向上に目を向けた。

解説陣で分かれる「ハンド」の解釈

この判定はメディアの解説陣の間でも意見が真っ二つに分かれ、『スカイ』のスタジオでは白熱した議論が交わされた。

ステファノ・デ・グランディス記者は、「腕がボールに向かってから引っ込んでいる。過去にPKが与えられた事例との違いが分からない」と一貫性のなさに困惑を示した。

パオロ・ディ・カーニオもこれに同調し、「腕がボールを止めている。VARは少なくともレビューを提案すべきだった」と指摘。インテルのレジェンドであるジュゼッペ・ベルゴミも、「このような形でPKが与えられるのを何度も見てきた。VARは介入すべきだった」と苦言を呈した。

一方で、主審の判断を擁護する意見もある。元GKのルカ・マルケジャーニは、「腕は体の前にあった。ドヴェーリ主審には死角となり、VARも罰するべきではないと判断したのだろう」と推測。ミランのレジェンド、アレッサンドロ・コスタクルタはさらに踏み込み、「少し前ならほぼ確実にPKだっただろう。しかし、最近は解釈が変わってきている。私にとってはこれはPKではない」と、近年のルール解釈の変遷から判定を支持した。

元審判マウロ・ベルゴンツィによるVAR批判

専門家である元審判員の視点は、より運用のプロセスに向けられた。元セリエAレフェリーのマウロ・ベルゴンツィは、『ドメニカ・スポルティーヴァ』で、VARの運用自体を強く批判している。

ベルゴンツィは「ドヴェーリは選手に遮られて見ることができなかったはずであり、VARが彼を助けなければならなかった」と指摘。「リッチは腕を引こうと努力をしているが、ボールにはっきりと触れている」と事実を整理した上で、次のように憤りを露わにした。

「VAR担当のアビッソが決定を下すことは受け入れられない。アビッソは、イタリア最高の審判であるドヴェーリをモニターに呼ぶべきだった。映像を見せて、彼自身に決めさせるべきだ。私にとってあれはPKだ。ドヴェーリをピッチに置いておきながら、映像を確認させないのは容認できない」

ドヴェーリ主審の判断根拠と現場のリアル

周囲が喧騒に包まれる中、ピッチ上のドヴェーリ主審はどのようにこの事象を処理したのか。セリエA公式が公開した主審視点のカメラ「Haier Cam」の映像と音声が、生々しい現場のやり取りを明らかにしている。

猛抗議を受ける中、ドヴェーリ主審はリッチのハンド疑惑に対し、即座に「何でもない、何でもない(Niente, niente)」と反応。VARルームとのサイレントチェックを終えると、「終わった、すでにチェック済みだ。何でもない」と選手たちに毅然と伝え、自らモニターを確認するオンフィールドレビューは行わず、プレーを続行させた。

この判定の根拠は、リッチの腕が「自然な位置」にあったという解釈にある。『コッリエレ・デッロ・スポルト』の分析によれば、リッチは確かに右腕でボールに触れたが、腕を引っ込める動きをしており、仮に触れていなくてもボールは脇腹に当たっていたとされる。つまり、自らの体を「不自然に大きく」していなかったため、ハンドの反則には該当しないという判断だ。

スクデットの行方と判定の透明性

リッチのハンドがPKになっていれば、今ごろは「なぜハンドだったのか」が議論の的になっていたはずだ。議論を愛するイタリアにおいては、格好の“燃料投下”だったと言える。

今回のサムエレ・リッチのハンド疑惑は、「腕の自然な位置」というルールの根本的な解釈と、VARの介入基準という現代サッカーが抱える課題を改めて浮き彫りにした。

2位ミランとの勝ち点差が7に縮まった終盤戦において、スクデットレースをまだ楽しめるという意味では、このジャッジもまたセリエAを盛り上げる一つの要素として受け入れるほかないのかもしれない。

主審目線のカメラの映像

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