ナポリとアル・アハリの交渉はなぜ決裂したのか
この夏の去就が注目されたビクター・オシメンは、最終的にトルコのガラタサライへ行くことになった。劇的な移籍の舞台裏を『TMW』が伝えている。
ナポリがセリエAを制した際には優勝の原動力にもなったオシメンは、この夏のステップアップが期待されていた。今年1月には、夏の移籍を示唆する発言があり、移籍市場の早い段階からパリ・サンジェルマン行きが話題となった。その後はチェルシーへの移籍が注目され、最終日まで移籍の可能性があったとされている。
しばらくサウジアラビアからのオファーを断っていた模様のオシメンだが、アル・アハリが年俸3000万ユーロという驚異的なオファーを出したことで状況は変わった。オシメンはチャンピオンズリーグ出場や栄光を捨てて、将来の安定をとることを決め、クラブ間の交渉となっている。ナポリが8000万ユーロを要求したのに対して、アル・アハリの提示は6500万ユーロだったため交渉が難航した。その後、ナポリは7000万ユーロまで条件を下げたが、あと500万ユーロの溝が埋まらなかったようだ。
そこでナポリは、その溝を8000万ユーロの年俸を受け取ることになるオシメンに補填するように打診したという。これにオシメンが激怒し、激しい口論に発展。エスカレートして物理的な衝突もありそうなほど、現場は一触即発の緊張感に包まれたという。
オシメンは昨年夏のタイミングであれば、1億ユーロ以上で売却できたと言われており、ナポリからみて7000万ユーロはかなり譲歩したつもりだろう。ただ、オシメンからすればステップアップの夢を阻まれた上に自身が稼ぐお金の一部をよこせと言われたという印象を受けたとしても不思議ではなく、クラブと選手間の関係が崩壊した。その結果、残留した上でチームの構想外におかれるという驚きの展開となっている。
その後、この騒動に目を付けたガラタサライへレンタルで加入することが決まり、ナポリはサラリー負担がなくなり、オシメンはプレーする環境を得られ、最悪の事態は回避できた。トルコで改めて価値を証明できるかに注目したい。